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『 忍を人と思うな。 』


里忍時代、私の師が言った言葉だ。

忍は人の子。されど、心は人の子にあらず。
相手を殺す事に躊躇いを持つなという事だ。そして忍はそういう存在なのだという事。
幼い頃は、その言葉にすがる様にして生きていた。
その言葉を盾に、罪から目を逸らし、開き直ったものだ。






「すまない、遅れた。」


昼休み、中庭で仕事場の案内人を待っていた。
鐘がなってからしばらくした後、青紫色の忍装束の男がやって来た。

「実技の授業だったから片付けがあって…。」

髪は煤竹色。
男は申し訳なさそうに手を顔の前で合わせて言った。

確か、青紫色の忍装束は五年生の生徒だったはず。
という事は私より1つ年が上という事になる。

「いえ。大丈夫です。」

立場的に私は一応職員なのだから先輩後輩にはならないが、年上であるならば敬語が正しいだろう。
私が言葉使いを改めると、男はハッと気付いたように言葉を直した。

「も、申し訳ない。」
「構いません。私は年下なのですから、普通に接してください。職員といっても教員ではないので。」
「ああ、それもそうか。十三歳だっけ?…じゃあ、そうしようかな。」

男は笑った。

「…案内してくださるのは、あなたですか?」
「ああ、そうだけど。」
「…いや、教員の方だと思っていたので。」
「そっか。俺は生物委員会の委員長代理だから。」
「生物委員会?」
「そう。学園で飼育している生き物の世話をしているんだ。他にも、火薬を管理する火薬委員会とか、保健委員会とか色々あるけど――――って、そんな事より案内だったな。」

「こっち。」と手招きされて、私は彼の後について行った。

「あ。そういえば名前。――俺は、竹谷。五年ろ組の竹谷八左ヱ門。」
「竹谷さん……竹谷先輩とお呼びしたほうがいいですか。」
「んーそうだな。それで構わないよ。」

竹谷八左ヱ門。
よく笑う人物だという印象だった。

「ここが、菜園。栽培されているのは毒を有する植物が殆ど。薬草なんかは薬草園で別に栽培されていて、そこは保健委員の管轄。」
「シキミ…アセビ……常緑樹の物まで。」
「お、さすがは毒物管理員。説明しなくてもどれがどれだかわかるかな?」
「…私の専門ですから。」
「そいつは心強い。――じゃあ次は飼育小屋。」

菜園の脇道を通って行くと、金製の網に囲まれた敷地が見えた。
竹谷先輩は鍵を取り出し、扉を開いて中に招き入れた。

「有毒生物が逃げたら大変だから、飼育小屋の回りを網で囲っているんだ。で、これが鍵。」

竹谷先輩は鍵の束を私に渡した。

「菜園横にあった用具庫と、ここのと、各飼育小屋の鍵、あとは保管庫と生物委員会室の棚の鍵。」
「これは全部私が所持していいんですか?」
「勿論。あとは、同じものを俺と委員会顧問の木下先生が持っている。どこも施錠は徹底して、鍵はなくさないように。」
「わかりました。」
「ちなみに、今は木下先生が管理責任者だけど、慣れてきたらに引き継いでもらうから。」

そんな感じで、手際よく毒物関連の施設を案内してもらった。
仕事の引継ぎが終わるまで、竹谷先輩とはしばらく行動を共にする事が多いだろう。

仕事に対する責任感も強いし要領もいいようだが、委員会の人員不足で結構大変なのだという。
有毒生物のほかにも、別枠の飼育小屋や裏山で馬や狼なんかも世話しているというのだから当然だろう。

に仕事を引き継いでもらった後も、生物委員会も協力して行うから必要な時はこき使ってくれ。」
「わかりました。」
「それにしても助かったよ。これでこっちの仕事量も減るし。何よりうちは生物の世話の方が専門で、毒の加工とかはちょっとかじってる程度だったから。」

かじった程度の知識で毒物を扱うなんて勘弁してほしい。
どうせ授業で習うのは基本となる毒薬の扱い程度なのだろう。よく、生徒に任せておいて死者がでていないものだ。運がいいとしか思えない。

そんな私の考えを読んだのか、竹谷先輩は恥ずかしそうに笑った。

「今はこの辺にしとこう。俺は今週のほとんど放課後は飼育小屋にいるから、その時にまた何かあったら。」
「はい。」
「じゃ、行こっか。」
「え?」

この辺にしとこう。と言ったのに、竹谷先輩はまだどこかに行くような口ぶりで歩き出した。
私が聞き返すと、竹谷先輩は笑って言った。

「食堂だよ。昼飯。」









「お残しは許しまへんでー!」

食堂に案内され、食券を割烹着の女性に渡すとお盆にのった料理が出された。
焼き魚に、わかめと豆腐の味噌汁、野菜の煮付け、漬物、白米。
豪華というわけではないが、温かみのある料理だ。

「いただきます。」
「いただきます。」

向かいの席に座った竹谷先輩にあわせて自分も手を合わせた。
どれからいただこうか迷って、まずは汁物から。

「…おいしい。」

しっかりだしが取れていて美味しい。
素直にそう言葉を漏らすと、竹谷先輩は「だろ?」と言って大口で白米を食べた。

「忍術学園の食堂のおばちゃんの料理は天下一品。ここいらじゃ有名なんだぜ。」

竹谷先輩はなんだか自分の事であるかのように誇らしげに言った。

「あ。でも、“おのこし”は厳禁な。」
「なぜ?」
「おばちゃん、“おのこし”するとすごい怒るから。」


「そう。怒った時のおばちゃんは学園一最強だからね。」


誰かが会話に入ってきた。
見ると、竹谷先輩と同じく青紫色の制服を着た生徒がおぼんを持って立っていた。

「俺も一緒にいいかな?」
「ああ。隣座れよ。」
「どーも。」

黄茶色の多くて長い髪。
その男は竹谷先輩の隣に座った。

、こいつは不破雷蔵。」
「よろしくね。」
「ええ、こちらこそ。」
「俺と同じように接すればいいよ。こいつも五年だから。」
「なになに?八左ヱ門、もうそんな仲良くなっちゃってるの?」
「毒物系施設の案内してたんだよ。」
「ああ、そういう事ね。…それにしても、これでようやく安心できるよ。」
「安心?」
「生物委員会はしょっちゅう有毒生物を逃がすから。」

不破先輩はジト目で竹谷先輩を見た。

「あはははは。まー、それも今日まで。今日まで。」

笑い事で済まされる事ではないと思うが。

「私は図書委員会なんだ。図書室は誰でも利用できるから、読みたい書物とかあったら言ってくれれば探すよ。」
「ありがとうございます。その時は是非に。」

不破先輩と竹谷先輩のお互いの委員会の話に、時折相槌を打ちながら煮物を食べていた。
どうやらこの学園で委員会というのは重要なものらしい。

「あ。ていうかさ、ちゃん。うちの委員会入らない?」
「え?」

突然話を振られた。

「くのいち教室の生徒は委員会への参加は任意だから、実際入っている子はいないんだけど…ちゃんは職員だから。なんなら顧問って形でもいいし。」
「ちょ、ちょっと待て!はうちのオブサーバー的ポジションなんだから、引き抜きは困る!」
「でも毒物管理と生物委員会は似て異なる機関だろ。正式に顧問になっているわけじゃないんだから、他の委員会に入ったって問題ない。」
「だからってなあ。……いくら人手が足りないからって。……大体、毒物管理と他の仕事を掛け持ちできるわけないだろう。」
「………………。」

私の事なのだろうが、私に発言させるよりも2人で言い合いが始まってしまった。
どこで話しに入ればいいのかわからずしばらくその様子を見ていると、後から妙な笑い声が聞こえてきた。

「これは面白い事をきいた。」
「学園長先生。」

立っていたのは学園長だった。

「丁度、どこも人手が足らんと嘆いているしの。……うむ、決めた。委員会に入りなさい。」
「正気ですか…?」

私が聞くと、学園長は大きく頷いた。

「私は毒物管理の職員として雇われたわけで、他の事をする気は―――」
「学園長命令じゃ。拒否権はない。」

……そんな無茶苦茶な。
このご老人、そうとうな気まぐれで周囲を困らせると土井先生から伺っていたが…こういう事か。
私が言葉に困っていると、視界に白いものがチラリと映った。
私はとっさにお盆を持って飛び上がった。

「な、何事ッ?」

味噌汁がこぼれないように衝撃に気をつけて着地する。
私の前の席に座っていた竹谷先輩の顔に、掌よりも一回り大きい白い球が張り付いていた。

「た、竹谷!大丈夫かッ?」
「…かなり……痛い。」
「だ、誰だ!食堂でバレーボールしている奴は!」


「わたしだ!!」


声のした方を見ると、木賊色の忍装束の生徒が入り口で仁王立ちしていた。

!学園長から話は聞いた!体育委員会に入れ!」
「七松先輩!!」
「…七松先輩?」
「六年ろ組の体育委員会委員長、七松小平太先輩だ。」

不破先輩が失笑して言った。
その失笑の意味がとても気になったが、聞くより先に私は理解した。
その七松先輩の手に、黒い球―――鉄の砲弾が握られているのが目に入ったからだ。

まさか……それを投げる気ではないだろうな。

「断るならば力づくでスカウトする!」
「ちょ……ッ。」

七松先輩は砲弾を構えた。
私は学園長に視線を送った。

「すでに他の委員長たちには伝えてある。気に入ったところに入りなさい。」
「…伝えたって、どういう風に伝えたら“ああいう”行動をするんですか。」



「争奪戦じゃ。」



学園長はにやりと口角を吊り上げた。

「と、いう事で……参る!」
「いや、参られても困る。」

私は即答したが、相手は話を聞いていない。
大きく振りかぶると、彼はその黒い砲弾を私に向かって投げつけた。

「不破先輩。私のお昼、お願いします。」
「え?」

お盆を机の上に置き、飛んできた砲弾を避けた。
落ちた砲弾はもの凄い落とを立てて木の床にめり込んだ。…洒落じゃない。

カウンターを飛び越え、調理場の勝手口から外に出た。
勿論七松先輩は追って来る。
適当に撒こうか考えていると、前方から手裏剣が飛んできた。
頭を下げてそれをかわし、とっさに懐のクナイを取って構えた。



!」



名前を呼ばれた。
一人の生徒が庭の木の上から降りてきた。また木賊色の忍装束だ。

「会計委員に入るといい。否、入るがいい!」
「またですか……。」
「あ!潮江文次郎!!待て待て!今は私が交渉中だ!!」

追いついてきた七松先輩が、その生徒――潮江先輩に言い放った。

「何が待てだ!抜け抜けとフライングしやがって!…、奴には構わず俺と勝負だ!」

潮江先輩はそう言ってクナイを構えた。
…なぜ勝負になるのかわからない。返答に困っていると、遠くからまた木賊色の忍装束の生徒が走ってきた。


「待ちやがれ会計委員!」


「むっ。食満留三郎!」
「何が“俺と勝負だ!”だ!!新人職員を早速病院送りにする気か!この阿呆!!」
「うるさい!忍ならば忍らしく交渉するまで!」
「どこが忍らしくだ!!そもそも、会計委員は人手が間に合ってるだろう!便乗してくんじゃねえ!」
「そうだそうだ!私も混ぜろ!!」
「「何故お前が混ざる!!」」

委員会長同士が揉みあい始めた。
まあ、別に構わない。止める気は無い。この隙に私は退散しよう。

クナイを収めて踵をかえす。…と、頭上を何かが通り過ぎていった。
私の目に間違いが無ければ、あれは焙烙火矢だ。

その焙烙火矢は暴れる三人の足元に落ち、爆発した。
…展開についていけない。



「まったく…野蛮な同期が失礼した。」



また。…また、木賊色の忍装束の生徒が一人姿を現した。
この人物もどこかの委員会の委員長なのだろう。もう展開は読める。

「先輩はどこの委員会ですか?」

頭を抱えて問うた。

「作法委員会だ。そして私は、作法委員会委員長の六年い組 立花仙蔵。是非覚えておいてくれ。」
「…はあ。」



「立花先輩ー!焙烙火矢の無駄打ちはやめてください。」



また。…また。また、誰かがやって来た。
木賊色の忍装束だろう。そうだろう…と思ったが、予想に反してやって来たのは青紫色の忍装束の生徒だった。

「ああ、すまない兵助。ついな。」
「最近その“つい”が多いですよ。…あ、火薬委員会です。まだどこも決まってなければ是非うちに入ってくれないかなあ。」
「貴方も…委員会長さん?」
「そうだよ。うちは本っっっ当に人員不足で六年生もいないから、五年の私が委員長代理なんだ。」
「そう…なんですか。」

「ちなみに…あそこの穴に落ちているのが保健委員会委員長の六年は組 善法寺伊作。…と、そいつを救出中の図書委員会委員長 六年ろ組の中在家長次。」
「…それで全部ですか?」
「これで全部だ。……じゃなかった。生物委員会委員長代理の竹谷八左ヱ門がいる。……そういえばここに来ていないな。」
「彼なら食堂で伸びてます。」

私は肩をすくめた。

「申し訳ありませんが、私は委員会に入るつもりはありません。」
「そうか。では、体験入会から始めよう!」
「…話をきいてませんでしたか。だから私は―――――!」




「それはいい。」



隣に立つ立花先輩が手を叩いた。

「まあ、ただ入れと言われても…どんな委員会だかわからんしな。その案採用だ。」
「……あの。」

「斬新だな。」
「うむ。だが、悪くは無い。」
「それでいきましょう。」

「………。」

各委員長が集まり、勝手に話をその方向に持っていく。
先ほどから当の本人の意見は無視する形で進行されているのは何故だ。

この学園の“委員会”というものがとても重要で、生徒たちがみなそれに熱心であるのは分かった。
十分解った。
だがしかし、私は職員である。どこに入るか以前に、入会するしないの選択の自由があるはずだ。

そう、選択の自由が……――――









「あ。ちゃん。」
!」

食堂に戻ると、そこにはまだ不破先輩と竹谷先輩がいた。
私の食事もまだ机の上に置かれている。
私は黙って席に着き、お盆を寄せて食事を再開した。

「委員会、決まったのか?」
「いいえ。」

私は焼き魚の骨を除きながら答えた。

「よく無事に帰ってこれたな。」

不破先輩は驚いた様子で言った。
私は不機嫌そうに「色々ありまして。」と答えた。

2人の先輩は顔見合わせて首をかしげた。

「ごはん冷めちゃったでしょう。温かいお味噌汁入れようか?」

料理場から食堂のおばちゃんが出てきて言った。

「お願いします!」

私は空になったおわんをおばちゃんに突き出した。